大学に進学した頃、筆者は学びたい言語がたくさんありました。実際にテキストを買ったり、ネット上の動画やリソースを探したり、学習を始めたこともありましたが、結局「1人で学ぶとつまらないなあ」、「自分は何のために学んでいるだろう」と思うようになり、モチベーションが下がるばかりで、続けられることは少なかったです。
外国語学習を始めようと思った時のワクワクの気持ちを保つように手助けできるのが、「言語学習アドバイジング(以下アドバイジング)」です。皆さんにとって、「アドバイジング」はまだ耳慣れないことばかもしれません。以下は、1.1でアドバイジングとは何かを説明し、1.2でアドバイジングの進め方についてお話しします。最後に1.3で阪大で開催される「言語学習ポートフォリオワークショップ」についての情報提供をします。
1.1 アドバイジングとは何か
アドバイジングの定義
青木(2013)の説明によりますと、外国語学習アドバイジング(以下はアドバイジングと略す)は、学生が自分で外国語学習の目標を立て学習を進めていける力を身につけるのを助けるための方法です。アドバイジングで、アドバイザーはクライアントの学生が自身の目標の決定とそれを実現するためのPlan(計画)―Do(実行)―See(振り返る)サイクルを習慣化していくことを手伝います。簡単に言うと「外国語の学び方を学ぶ」(青木,2010)ことができるのがアドバイジングです。
アドバイザーとティーチング、チュータリングの違いは?
ここまで読むと、学校の外国語の授業を一方的に受けてきた方は不思議に思うでしょう。「アドバイザーは外国語の課題の解き方やテストの点数を上げる方法を教えてくれますか?」、「外国語で書かれたレポートの修正や発表の練習に付き合ってくれますか?」と今思っているかもしれません。
「外国語の学び方を学ぶ」アドバイジングはティーチングでもないし、個別のチュータリングでもありません。ティーチングやチュータリングは、文法を適切に使用できるか、発音が正しいかどうかのような言語能力の問題に焦点を当てているのに対して、アドバイジングは長期的な視点に立ち、「クライアントにとって何が重要なのか」を意識しながら、それを達成できるようにサポートしていきます(Kato & Mynard, 2016)。そこで、アドバイザーはクライアントの経験や、教室外の生活、信念などを考慮します。
アドバイザーは何をしてくれる?
青木(2013)はアドバイザーをライフコーチングに例え、その役割を以下の3つにまとめています。アドバイザーは以上の役割を果たしながら、クライアントのやる気の維持に働きかけていきます。
①学習に関する選択肢を提案し、それぞれの利点と欠点を説明することを通して、クライアントの学習スタイルに合った計画の作成を手伝います。
② クライアントが学習上の問題に出会った時に、専門知識を生かし、問題が生じる原因と解決方法の考案を手伝います。
③ 常にポジティブで、質問と傾聴によってクライアントを理解し、クライアントの計画が達成できるように力を尽くします。
アドバイジングはどのように行われるか?
アドバイジングは、アドバイザーとクライアントが1対1で会ってお話をすることが多いですが、グループで行ったりすることもできます。遠隔の場合は、クライアントの書いた学習日記に返事を書いたり、スカイプで話したりするなどの方法があります。大阪大学のOUマルチリンガルプラザでは、グループで行う場合の「言語学習ポートフォーリオワークショップ」と、1対1の対面式アドバイジング、Zoomを利用した遠隔式アドバイジングを提供しています。
1.2 アドバイジングの進め方
アドバイジングのプロセス
では、アドバイザーと定期的に会う時は、何について話したらいいでしょうか?以下はアドバイジングの実践を詳しく述べた青木(2013)を参考に、アドバイザーと共に進める行動を説明します。
アドバイザーとの「対話」の効果
アドバイジングでは、アドバイザーとの「対話」が主要になりますが、それは普通の雑談とは違います。アドバイジングを理論的に研究していたKato & Mynard(2016)によると、アドバイザーの役割は、一対一の対話を通して、学習者の内省のプロセスを活性化することです。Kato & Mynard(2016)はBrockbank & McGill(2006)引用して、さらに説明しています。つまり、1人でじっと考える場合、自分を批判的に観察することは簡単ではありません。他の人との対話を通したほうが自分のすでに持っている前提や信念を再構築することにつながる可能性があり、人としての成長に貢献します。そのためのアドバイザーとの対話は「学習者が深く振り返り、繋がりを創り、自分の言語学習に責任を取ることができるようになることを目指す意図的に」(Kato & Mynard, 2016, p.2)行われているもので、友達同士の雑談や教師が出す学習の指示とは性質が違います。
1.3 言語学習ポートフォリオワークショップへの参加
言語学習ポートフォリオワークショップとは
「1.1アドバイジングとは?」でご紹介したように、アドバイジングは、グループで行ったりすることもあります。阪大のOUマルチリンガルプラザではグループ単位で行うアドバイジングも開催しており、それが「言語学習ポートフォーリオワークショップ」です。
言語ポートフォリオについて
「言語ポートフォリオ」はヨーロッパの言語教育に由来しており、2000以降、日本でもよく活用されるようになり、日本人学生の英語学習や、外国人の日本語能力評価などに導入されてきました。以下は日本語教育に応用される際の背景説明に基づき(JF日本語教育スタンダード試行版,2009)、「言語ポートフォリオ」の簡単な説明をします。
「言語ポートフォリオ」は学習者自身が管理する学習経験や学習成果、成果物です。もともとは複言語・複文化主義の理念を教育現場で実現するために、ヨーロッパで開発されました。言語ポートフォリオは評価の手法としても利用されています。これまで言語能力を測るのに、大規模、かつ標準化されたテストが用いられてきました。しかし、「点数やグループの中の順位だけでは、実際の生活の中での課題達成能力は測れないのではないか」のような声も出ました。この課題達成能力を、社会活動をする過程の中で、個人の振り返の中で評価しようと考えたのがポートフォリオ評価です。ポートフォリオを作成するのに、自らの学習経験や言語使用経験に関する深い振り返りを行う必要があるため、ポートフォリオの使用は内省的・自律的な学習能力の養成にも繋がると言われます。
大阪大学は25言語を学ぶ学生のみなさんの言語学習を支援するため、「大阪大学 言語学習ポートフォリオ」を用意しています。バインダー版(図1)もあれば、Webサイト版もあります。ポートフォリオは1人で学習する時にも使えますが、仲間たちと一緒に使いたい場合は、OUマルチリンガルプラザが開催する「言語ポートフォーリオワークショップ」に足を運ぶのはいかがですか。
図1 大阪大学 言語学習ポートフォリオ(バインダー版)
言語学習ポートフォリオワークショップの開催情報
言語学習ポートフォリオワークショップは、外国語を学ぶ人を対象とした「外国語学習ポートフォリオワークショップ」と、日本語を学ぶ留学生を対象とした「日本語学習ポートフォリオワークショップ」があります。それぞれ、OUマルチリンガルプラザのコーディネーターがアドバイザーを務めており、隔週で行われます。
「日本語学習ポートフォリオワークショップ」の場合、参加者の皆さんで図2のサイクルを一緒にポートフォリオを通して一周します。自らの学習過程と振り返りを他人とシェアすることで、モチベーションの維持や自律学習能力の養成が期待できます。参加者のニーズや学ぶ言語、現在の言語レベルはばらばらなため、ワークショップでは他の人と比較するより、自分の計画を微調整し、自分のペースで学習していくことが大切です。
図2 日本語学習ポートフォリオワークショップの進行サイクル
(日本語学習ポートフォリオワークショップの資料より)
ワークショップは毎学期4ヶ月間に渡って開催され、2週間に1回集まり、学習についてみんなで話し合うことになっています。2021年の春・夏学期を例に挙げると、以下のスケジュールになっています。
第1回 目標ピラミッド作成、情報紹介、相談
第2回 カレンダー作り、情報紹介、相談
第3回 ヴィジョンボード作り、情報紹介、相談
第4回 振り返り、情報紹介、相談
第5回 自分の学習教材・方法を共有、情報交換
第6回 カレンダー、目標ピラミッドなどの進み具合について振返る
第7回 自己評価、これからの目標ピラミッド作成
参加者たちは、ヴィジョンボードや目標ピラミッドの記入を通して、自分の目標を明確化し、日々の学習計画を立てています。外国語を学習したい方はぜひ一度足を運んでみてください。
参考文献
青木直子(2013)『外国語学習アドバイジング』Kindle eBooks.
青木直子(2010)「学習者オートノミー、自己主導型学習、日本語ポートフォリオ、アドバイジング、セルフ・アクセス」『日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する(第38回)』(https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/tsushin/reserch/201003.html 最終アクセス:2021/05/28)
Kato. S., & Mynard, J.(2016)Refelctive dialogue: Advising in language learning. New York, NY: Routledge.